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  • 執筆者の写真鈴木孝紀

光の中を歩む人生(2017.10/14栃木EMFにて)


「光の中を歩む人生」 Ⅰ ヨハネ1:5-10

 皆さん、こんにちは。涼しい時期を通り過ぎて、肌寒さを覚える季節になってきましたね。今回は「光の中を歩む人生」をテーマに、1ヨハネ1章5-10節を見ていきましょう。

​​ ヨハネがこの手紙を書いた背景の1つに、キリストに関して誤った教えを持つ教師たちの存在がありました。彼らは誤った教えを教会に広めながらも、自分らには「罪がない<8節>」、「罪を犯していない<10節>」と主張します。

 この箇所は、そんな教師たちへの反論を目的としていますが、神との関係が回復したクリスチャンにとって大切なことが書かれています。一緒にそのことを確認していきましょう。

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「神は光であって、神のうちには暗いところが少しもない。これが、私たちがキリストから聞いて、あなたがたに伝える知らせです。もし私たちが、神と交わりがあると言っていながら、しかもやみの中を歩んでいるなら、私たちは偽りを言っているのであって、真理を行なってはいません。しかし、もし神が光の中におられるように、私たちも光の中を歩んでいるなら、私たちは互いに交わりを保ち、御子イエスの血はすべての罪から私たちをきよめます。もし、罪はないと言うなら、私たちは自分を欺いており、真理は私たちのうちにありません。もし、私たちが自分の罪を言い表わすなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、すべての悪から私たちをきよめてくださいます。もし、罪を犯してはいないと言うなら、私たちは神を偽り者とするのです。神のみことばは私たちのうちにありません。」(Ⅰヨハネ1:5-10)

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1.光である神

 5節「神は光で、少しも暗いところが」ありません。何か不都合があると隠し事をしたくなるのが人間ですが、神にはそういった隠し事はないです。嘘をついたことのない人間は居ませんが、神は偽りを口にしたこともありません。

 光というのは、暗いところを照らして、見えないものを見えるようにします。同様に、光である神は、外側からは見えない私たちの内側を照らし、自分自身でさえ見えなかったものを見ることができるようにしてくれます。

 自分自身さえも知らなかった自分。それを知るには、光である神に近づいて行く必要があります。近づく中、神様が見ている本当の自分が、見えてきます。

2.光の中を歩む

 本当の自分が見えるということは、自分の弱さ、自分の至らなさ、そして自分の内側にある罪の性質に気付く事になります。6節「やみの中を歩んでいる」という言葉や、7節「光の中を歩んでいるなら」という言葉を読むと、「私は光の中を歩んでいるような立派な人間ではない」と思う方も居るでしょう。

 ですが「光の中を歩む」というのは、「欠けたところが全くない立派な人間」という意味ではありません。立派なことをいつも言い、立派な姿をし続けることではないのです。「光の中を歩む」というのは、自分の弱さ、自分の内側にある罪の性質を自覚しつつ、それを照らし出す神との交わりを捨てないことです。

 太陽を直接見ると眩しさから目を外すように、光である神に照らし出された弱さ・罪の性質から目を背けたくなる時があります。ですが、私たちはイエス・キリストによる赦しを通して、弱さや罪の性質に向き合えるようになりました。ちょうどサングラスを掛けると太陽を見ても眩しくないように、キリストの十字架というレンズを通し、私たちは本当の自分を直視することができるのです。

3.光の中を歩む人生の特権

 光の中を歩む人生には、2つの特権があります。

・お互いに欠けがあることを認め、その上で愛し合うことのできるクリスチャンの交わり

 自分自身が完全ではないからこそ、相手の不完全さを受け入れる事ができる。欠けのある自分が愛されているからこそ、相手を愛することができる。そんな交わりは、神の家族であるクリスチャンの特権と言えます。

・御子イエスの血によって罪からきよめられる

 罪の性質に束縛されず、罪から自由な生き方を選べます。これはマイナスが0に戻るというレベルの物ではありません。マイナスがプラスに逆転する。御子イエスの血によって罪が赦されていることを深く知っていく中で、自分の内側、そして生き方に、今までにはあり得なかった変化が起こるのです。これが2つ目の特権です。

 私たちは光である神に近づくことができます。眩しい光の中も、キリストの赦しを通して歩めるのです。その歩みには、神様が用意してくれた掛け替えの無い特権があります。私たちは感謝しながら、光の中を歩んで行きましょう。

執筆:峰町キリスト教会 牧師 鈴木孝紀

1991年栃木県宇都宮市で、3人姉弟の末っ子長男として誕生 宇都宮大学生1年次に信仰を持つ

宇都宮大学 工学部情報工学科卒 関西聖書学院卒

現在、峰町キリスト教会牧師

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